(...おかしい。絶対におかしい。)
とある国の科学研究施設のその一室で、息を一つ吐くと徐に天井を見上げ、腕を組む。
もたれ掛かった椅子の背もたれが小さく音をあげることも厭わず、浮かぶ照明を眺めるでもなくただあらぬ方向を見つめながら" 考え事 "をする。
(あまりにも事がうまく運びすぎてんな...)
それもそのはず、研究の際にはどうしても情報がいる。他国の情報を入手する際、それに応じなかった相手国の情報を得る方法は諜報活動しかあり得ない。
それすらもなんの障害もなく進んでいる。何時もの事だ、と仲間は茶化すけれど、どうしても引っかかる箇所がいくつかある。
休憩時間を狙ったとはいえ人っ子一人いない30分があるか?最重要機密を守る金庫の前にそんな格下戦闘員の様な人材を置くか?
...いや、馬鹿でもない限りこんなヘマはしないだろう。馬鹿ですらも守るべきものはそれは手厚に保護するだろう。
だとすれば相手は...馬鹿ではない。常識人か天才か、この二択を迫られた時にどちらを対策すればいいと思うか。
「よぉ、もういい時間だけど何やってんだ?隊長」
ノックもせずに部屋に入ってくる図々しい態度。それと馴れ馴れしさを思わせる挨拶をするこの男。
「...なんだ、お前か。部屋に入ってくる時はノックをする様にとあれほど...」
何時ものように説教じみたことを口ずさめば、言葉とは裏腹に込み上げてくる笑いがあった。
「ちょ、何笑ってんだよ。俺の顔になんかついてるって言うのか?」
「...ふふ、いや。特に何もついてねーよ」
そうやって冗談を交わし合う。夜もすっかり更けた頃にあくびを一つ洩らすと隣で談笑した相手へと視線を寄越し。
「んー...ぁ、眠くない華?俺はもうそろそろ寝ようと...」
そう言いかけた時、彼の瞳が一瞬、怪しく光った。そんな気がした。
それから唐突として自分めがけボールペンが飛んできた。咄嗟にかわしたそれはデスクの報告書の真ん中につき刺さっていた。
「...どう言う風の吹き回しだ?」
報告書に刺さっているペンを十分に眺めた後、軽く後ろを振り返ると_____僕ですら説明できないような、説明もしたくない、
「おま...え、」
化け物。
そう言うべきに値するようなこの世のものとは思えない姿をした彼がそこにいた。
ざっくり色々な生物の融合体なのだろう。
狼やジャガー、サソリにワシ、猫とライオン、サメまでも。
こう言うのを俗に言えばキメラとでも言ったところか...
たまらずデスク脇に手を伸ばせばトカレフ TT33を手に取り構える。そんな抵抗でさえ、
この化け物に敵わなければそれ以上でもそれ以下でもない。何よりこれは...
「ルイ...何故だ、君がスパイだったのか?」
誤飲か何か、したのだろうか。どうやらここで作られていたのは生物兵器___
そんな考えも今は気にすることができない。
とにかく生き残ること、それが絶対条件!
「クソッタレ!お前殺したら元に戻らねぇか?」
淡い希望を怒鳴り声で吐き出すと臨戦態勢を整えその化け物を迎撃する。
禍々しい爪が自分の衣服を切り裂いていくのが見える。前述の通り寸前でかわしつつ右腕に一発。
無事命中したのかそれはややおぼつかない足取りで後退すると右腕を抱えた。抑えた左手の指の隙間から、あろうことか緑色の液体が流れ出している。
「ハッ、俺はここで死ぬ気なんざさらさらねぇよ...」
次に狙ったのは両足のどちらか。学習能力があるのか左めがけて放ったそれは床で弾けて無様に転がった。
ところが続け様に一回、もう一回と放てど素早い動きで対応してくる。
「クソ...」
そう言い放つと狭い室内の中で跳躍、脳天目掛けて照準を合わせたその時に、鋭く空気を切り裂いた。遅れて気づく程の速度で振るわれたそれはサソリの尾...
腹部からの出血が著しい。放置すれば出血多量で死ぬだろう。
頭に浮かぶのはそんな無慈悲な通告...とでも言おうか。
どくどくと血が溢れ出す。パイン材のフローリングはみるみるうちに赤く染まっていった。
(毒の関係もある...早めに仕留めねぇといけねぇのに...)
うわ言すら洩らせない今の状況で彼を倒すなんてことはできない。
やがて飢えた狼の面が眼前に来る。こうなってからの初めての食事だ、激痛を伴って、死体の形相や部屋の惨状までも、後先のことさえ目に浮かぶ。
牙がこの体に迫った時、もう一回その脳天目掛けて飛ばしたのは__
彼がかつてくれたシースナイフ。彼が好んで使った種類で、誕生日に物騒な物を渡すものだと思いつつも受けとった物である。
まさかこんな時に使われようとは、思ってもいなかった。
「テメェには最後まで...世話かけられたぜ」
息も絶え絶えにそう溢せど、いいところ相打ちである。
蒸発する様に他生物のパーツがなくなっていく様を眺めながら、意識は遠くなっていく。
それでも最後のあの光景だけは忘れない。
薄く口元に笑みを浮かべた、吹っ切れたような彼の笑み。
死に際に何笑ってんだ馬鹿、と言いたかったが声は出なかった。
それから随分と経ったの施設内のなんでも無いような噂。
「キメラを倒した勇者のシースナイフが、⚫︎⚫︎⚫︎号室にあるんだってさ。」
疲れたー...次のお題は自分と同じ様な戦闘ロルが見たいから【とある殺し屋の日課】とかでもいいですかね?ダメなら前の人と同じく【カフェ】で頼みます。